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はれ、ときどき一期一会

桜が遅く、長く感じられる4月でした。

不寛容社会

日記 生活 つぶやき ひとりごと 仕事 学ぶ メンタル 女性の人権とかいろいろ

気にしていなかったんです。

自分のことで手いっぱいで。

まずは少しでも健康なからだを取り戻すことだとか

春先からやってきたことがすべてふりだしに戻ったこととか

そんなこんなでせいいっぱいで。


そういえば地震のとき

不謹慎狩りとかいうのは聞きましたが。


生きづらくなっていて

ちょっとピリピリしているのは


格差が思ったより拡大し続けていて

もはや暴走状態で

普通に暮らすことさえもかなり力を尽くさないと

あやういかもしれない雰囲気に

心の余裕が少なくなってしまっているのかなとか


そんなこと思ってはいました。


ずいぶんおとなになったので、

ようやくバランスがだいじだとか

やりすぎなことがだいじだとか


たとえばとても若いときは、華やかな服装やちょっとやりすぎなくらいのメイクも

ちっとも鼻につかなくて、その若さとともに輝く美しさになるけど

るこっくくらい年をとると

引き算に徹することで押しつけがましさとか、うっとおしさとか

そういうものが少しでも小さくなるようにしないとね。

せめて健康そうに、穏やかに見えるといいなと思ったりしますが。


寛容するには、あまりにも幅広い世代の距離が遠くなりすぎたのに

情報があふれてその審議もわからないまますごいスピードで「拡散」することとか

バランスがとれなくなっているような気がします。

虫の写真が気持ち悪いということで

某学習帳がそのシリーズをやめると聞いたときは驚きました。

気持ち悪いのもいるよね、るこっく子ども時代にもありました。うっと思うのも。


絵は、イラストはだめかしら。

こんな不思議な生き物がいるのよ。

こんな色なのはこういう理由なのよ。

虫、すごく効率的に戦略的にできてるのよ。すごいのよ。


そんなことがわかってほしいなとか

うっとおしいですか?


信仰と他者―寛容と不寛容のヨーロッパ宗教社会史

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ヴォルテールを学ぶ人のために

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寛容について (筑摩叢書)

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